星の子物語

星の子物語
とても心に残った
はせくらみゆきさんの「星の子物語」を、ご紹介します。
挿画も、はせくらみゆきさんです。

星の子物語
…あなたの中の星の子へ…
ビックバンから始まった 大宇宙から
いくつもの星々が生まれ
やがて
大地と空 そして いのちがはぐくまれた星もあった
だから
私も あなたも 鳥や花 石ころだって
みんな星の
かけらだよ
そう 私たちはみな
ひとつに繋がっている
地球星の子どもたちなんだ
1 青い星
それは星の子が9つになった日のことでした。
夜空に浮かぶ星空の、ずーっと向こうに、
ポッと光る小さな青い星がありました。
星の子はその星を眺めるたびに、胸の奥がキュンとしめつけられ、
どうしてもそこに行ってみたくてたまらなくなりました。
何をするにもぼんやりして、
青い星のことばかり話している息子を見て、
お父さんは決心しました。
「なぁ、母さん。いっそあいつを、あの星に旅させてみようじゃないか。
大丈夫。私たちの愛しい子どもだ。きっとうまくやるさ」
2 虹の羽衣
「でも、どうやってそこまでいったらいいの?」
星の子はたずねました。
お父さんは黙ってうなずいて奥の部屋に行くと、
紫水晶で出来た箱を大事そうにかかえてきました。
そして、星の子の目の前で、そっとふたを開けました。
中には、7色の透き通った羽がついている、羽衣がはいっていました。
羽の先は、光の粒が舞っていて、キラキラと輝いています。
「わ~あ、すごいや!」
星の子はドキドキしながら、羽衣をすぽんとかぶり、
背中についた羽を、パタパタと揺らしてみました。
その途端、身体がひょいと宙に浮き、
思っただけで、自由に飛べるようになりました。
お父さんはいいました。
「さあ、いっておいで。勇気を持って前に行くんだぞ」
お母さんもいいました。
「あなたの優しい心が、あなたを守ってくれるわ」
それから星の子は二人にかわるがわる抱きしめられ、
熱いキスをかわしました。
そして、コクンとうなずくと、満天の星空の中に旅立ちました。
「いってきまーす。」
3 月夜のパーティー
星の子が旅をはじめてから99日目のことでした。
目指す青い星が目の前に近づいてきました。
真っ黒な墨を流したような暗がりの中に、
青い星は、キラキラ輝く宝石のようにぼっかりと浮かんでいました。
どんどん近づいていくと、雲の切れ間から、
青い海や深い緑の山が見えました。
星の子は、吸い込まれるように、すーっと降りていきました。
ストン! 星の子が降り立ったのは、夜の公園です。
すぐ側のベンチには、ひげがぼうぼうに生えたおじさんが
横たわっていました。
「…こんばんは、おじさん。おじさんのおうち、すてきだね。
お星さまと一緒に寝られるんだね。」
「なぁに、ちっともよかないさ。
寒いし、うるさいし、それにお腹もペコペコだ。」
おじさんははき捨てるように言うと、ぷいと向こうをむきました。
月の光が優しく二人を照らしています。
星の子は、おじさんの鼻からもれる白い息を、
黙ってじーっと見つめていました。
そのうちに、おじさんの淋しそうな、
悲しそうな心が胸に突き刺さってきました。
星の子は、おじさんの薄汚れたシャツのすそをギュッとつかんで、
黙って見つめていました。
涙があふれてきました。
ぼくは、どうしたらいいんだろう?
ぼくに、何ができるんだろう?
星の子が心からそう思った、そのときです。
背中についていた7色の羽の一つ、赤い羽が羽衣から離れ、
ふわりと宙に舞ったかと思うと、
それはキラキラと光る、赤い星砂になりました。
星砂はサラサラと音を立て、地面に落ち、
赤い火の粉となってあたりを照らします。
そしてあっという間に、大きなたき火が出来ました。
炎のまわりには、犬や猫、カエルやねずみ、もぐらも集まってきました。
みんなでたき火をかこんでいると、
どこからともなくいい匂いがしてきました。
クンクン。犬と猫が鼻をならして、匂いの先を探していると…、
炎の中から、あつあつのスープとパンが勢いよく飛び出してきました。
ミートパイと、よく冷えた赤ぶどうジュースも飛び出します。
「わ~お、やったね! 今夜は月夜のパーティーだ」
チョッキを着たもぐらが、ぴょんぴょん飛び跳ねながらいいました。
おじさんと星の子、動物たちは、
おなかでタイコが打ち鳴らせるほど食べて、
歌ったり、踊ったり、しあわせなときを過ごしました。
もう飛び立たなくてはなりません。
星の子がみんなに別れを告げようとしたその時です。
おじさんが、ひげをもしゃもしゃさせていいました。
「あったかいって、いいもんだな。ありがとよ。ぼうず」
あたりは少しずつ明るくなっていました。
4 畑の楽団
朝日がぐんぐん昇っています。
大地がゆっくりと呼吸をはじめ、白い息をはきながら目をさまします。
精霊たちは朝つゆのステッキを振りながら、花や草を起こしています。
森をぬけ、山を越え、さらに飛び続けていくと、
畑や田んぼがみえてきました。
そこでは、色とりどりの野菜たちが、朝の歌を歌っています。
星の子は畑と田んぼの間におりて、大きな声で
「おはよう~」
といいました。
野菜たちは、合唱しながら
「お~は~よう~♪」といいました。
「みんな、元気だね!」と星の子がいうと、
「ふん、みかけはね」
カボチャが、プッとほっぺをふくらませながらいいました。
「ここは息苦しいから…歌でもうたってまぎらわすのよ」
赤ら顔のニンジンがいいました。
「オレたち、精いっぱいやってるのになぁ」
これはダイコン。
稲穂たちが続きます。
「私たちの実は、一粒は空をかける鳥や虫のため。
一粒は、地をはういのちのため。
そしてもう一粒は、私たちを育ててくれる
ニンゲンのためのものなのです」
「でもニンゲンは違うんだ。全部自分のものだと思っている」
キュウリの娘が続けます。
「私は、ミミズやトンボのいる畑がすき。だけどここには誰もいないの」
ダイコンがおいおい泣きはじめました。
「ボクはボクのままでいたいのに。
曲がったボクは、誰の役にもたてないで捨てられちゃうんだ」
ダイコンの泣き声につられて、他の野菜も泣きはじめました。
稲穂たちは力なく風に揺られながら、涙をポロンと落としました。
その様子をおろおろみていた、
星の子の眼からも涙がポロンと落ちました。
ポロン、ポロン、ポロリン、ポロロン…。
涙がこぼれおちるたびに、背中についていた7色の羽の一つ、
オレンジの羽が、
端からキラキラと輝く星砂に変わっていきました。
光る星砂はふわっと舞い上がったかと思うと、
ゆっくり地面に落ちていって、
中にしみこんでいくようなのでした。
しばらくすると野菜たちが騒ぎ出しました。
「お~い、やめてくれ、くすぐったいぞ、アハハ…!」
「まあ、気持ちいいわ。そこそこ、うーん、あったか~い」
よくみると、土の粒が汗をかきながらダンスを踊っているのでした。
そのたびに、土はふかふかになり、
汗は栄養たっぷりの養分になりました。
土のあいだからは、ミミズがひょこひょこ顔を出しています。
野菜たちはますますはしゃぎだし、稲穂たちも土に合わせて
ダンスを踊り始めました。
ズンチャチャ、ズンチャチャ、チャッ、チャッ、チャッ!
カボチャは得意そうに、葉っぱのシンバルをならしていいました。
「さあ、ごらんくだされ。我が歌劇団の実力を!」
すると、すぐさま、なすびたちが、バイオリンを弾きはじめました。
後に続いて、きゅうりがフルートを、トマトがマラカスを、
さやいんげんたちは、
いろんな葉っぱのまわりを飛び跳ねながら、ドラムをたたいていました。
稲穂たちは、その音楽にあわせて、ラインダンスを踊っています。
ダイコンとニンジンはスポン! とぬけてさかさまになり、
葉っぱを下にしながらくねくねと腰をふっています。
カボチャがますます得意そうにいいました。
「えっへん、どうです? 我が歌劇団の花形スター、
ダイコンボーイとニンジン娘のフラダンスでございますよ!」
楽しげなダンスと音楽にあわせて、虫たちや鳥たち、
沢山の生き物が集まってきました。
そして、いっせいに歌をうたいはじめたのです。
そだてるのは 天のひと
そだてるのは 大地のひと
そだてるのは 人のひと
みんなそろって いちにんまえ
ひとつかけたら はんにんまえ
みんなひとつの いのちだよ
みんなあいする こどもたち~♪
歌は、空から見守っているおひさまにも届いていました。
おひさまは、にこにこしながら、
大地とそこに住むいきものたちみんなに、
「愛しているわ」
といって、そっとほおずりをしました。
もちろん星の子にも!
5 戦火の中へ
星の子は、いくつもの山々を越え、幾日も旅を続けました。
はてしなく広い紺碧の海も越えました。
目の前に大きな大陸が現れた、その時です。
遠くから、ドーン、ドーンという鈍い音が聞こえてきました。
いったい何の音だろう?
星の子は、音のするほうへとんでいきました。
そこでは、大勢のひとたちが苦しみもがいていました。
男たちは皆、手に機関銃を持っています。
大砲を打ち鳴らすものもいます。
乾いた銃声があたりに響くたびに、人がバタバタと倒れていきます。
怒鳴り声、叫び声、逃げまどう人々…。
星の子は、今にも逃げ出したい気持ちになりましたが、
心を決めて、廃墟となった街に降りていくことにしました。
街はひっそりと静まり返っています。
何かが焼け焦げたような匂いが立ち込めています。
星の子は息をひそめてあたりをみまわしました。古い倉庫の角に、
女の人がうずくまっています。腕には血だらけになった
男の子をだいています。
「にくい、にくい、すべてがにくい…」
彼女は、ぐったりとして動かない男の子の髪をなぜながら、
こぼれ落ちる涙で、血のりをふいていました。
星の子の眼からも、大粒の涙がこぼれました。
彼女の悲しみに答えるすべはなにもないのです。
星の子は、小さな声で
「…ごめんな…さ…い」
とだけささやくと、その場を後にしました。
星の子は、こわれたビルのすみに、しゃがみこんで、
こぼれる涙をぬぐいました。
その途端、涙のしずくがきらりと光って、金色に輝く星砂になりました。
星砂は両手のひらにどんどんたまり、今にもあふれそうです。
はっと気がついて、背中をみると、
背中についていた黄色い羽はもうありませんでした。
星の子は、星砂を握りしめて、ひらりと空に舞い上がり、
女の人と男の子の上に、そうっとふりおとしました。
するとどうでしょう。
土色だった男の子の顔がみるみるうちにバラ色に変わり、
ゆっくりと目を開け、スッと立ち上がったのです。
身体には傷ひとつありませんでした。
「あぁ、ぼうや!」
彼女は、男の子をぎゅっと抱きしめると、わんわん泣き出しました。
星の子はその姿を見届けると、もと来た方向へ飛び立ち、
上空から、残りの星砂をすべてふりまきました。
太陽の光を受け、宝石のように輝きながら舞い落ちる星砂。
戦っている兵士の頭や肩の上にそそがれていきます。
しばらくすると、兵士たちの耳の奥から、聞き覚えのある歌声が
かすかに響いてきました。
それは…子守唄!
兵士がまだ幼かった頃、お母さんの腕の中で聞いていた、
あのメロディだったのです。
「母さん、…ああ、母さん!」
一人の兵士が、思わず声をあげました。
すると他の兵士たちも次々に両手を耳に当て、
懐かしい歌声に聴き入りました。
そのうちに、家族たちの笑い声までもが全身に響き渡り、
どこからともなく香ばしいパンの焼ける匂いまで漂ってきたのです
兵士たちは、次々に銃を投げ出すと、戦場を後にして
駆け出していきました。
その先には、家族の待つふるさとがあるに違いありません。
乾いた砂漠にぽつねんと残された戦車や銃は、
使い手がないまま、いつしか朽ちて砂の中にうもれていきました。
6 砂粒のさけび
星の子の旅はまだまだ続きます。
疲れた羽を休めながら、なおも飛び続けていると、
目の前に大きな砂漠が広がってきました。
夕やみがすっぽりと大地をつつみはじめたので、
星の子は下におりて休むことにしました。
砂はまだ、ほんのりとあたたかでした。
星の子は、両手でざっざーとかき分けて窪みをつくり、
その中にすっぽりと横たわってみました。
星の子がうとうとし始めた、ちょうどその時です。
誰かのささやく声がしました。
「ぼくたちも昔は、大木だったんだよ」
星の子は驚いてあたりをみまわしましたが、誰もいません。
もう一度、丁寧に目をこらしてみると、
その声は、砂粒たちのものでした。
「昔は大きな木だったって?」
星の子が眼をまんまるにしてたずねると、
目の前にいた、砂粒の長老が、身体をふるわせながら答えました。
「そう、ここは深い森だったんじゃ。
ある日、ニンゲンどもがやってきて、わしらの声をききもせずに、
どんどん木を切り倒していった。
大地は枯れ、水もなくなり、やがてわしらは砂粒となって‥。
それでもやはりこの大地を愛しているから、離れたくないんじゃよ」
「もしかして…ニンゲンとは話が出来ないの?」
星の子はびっくりしてたずねました。
「本当は話が出来るんじゃ。ニンゲンもわしらと同じ、
この星から生まれた子どもたちだからな。
しかしやつらは聞く耳をもたない。わしらのメッセージが届かない…」
そういってため息をつくと、口元のパイプから
長い砂けむりを出しました。
星の子は、ニンゲンって不便だなと思いました。
ニンゲンだけで考えて、ニンゲンだけで
答えを見つけていくことの大変さを思いました。
星の子の住む虹色惑星では、いろんなものたちと、
自由にお話が出来ます。
星でのきまりはただ一つ。
それは「みんながしあわせでいること」でした。
だから、何も悩む必要なんてないのです。
誰も悲しむ必要もないのです。
星の子は、砂粒たちを見つめながら、そうっと眼を閉じました。
するとまぶたの向こうに、
かつての豊かな森がぼんやりと浮かびました。
星の子は目をつむったまま、砂粒たちを優しくなぜながら、
お母さんから教わった星の唄をくちづさみました。
あなたが しあわせ うれしいなぁ
みんな しあわせ うれしいなぁ
だいすき だいじ ありがとう
みんな だいすき ありがとう♪
しばらくすると、あたりがぼうっと緑色のもやに包まれて、
一面、何も見えなくなりました。
長い沈黙の中、サワサワサワと木の葉がすれる音だけが、
こだましていました。
視界が開けた瞬間、砂粒たちはいつのまにか、
緑の粒に変わっていて、
よく見ると、一粒ひとつぶの中に、深い森が映っています。
星の子が、驚いて見ていると、粒はぐんぐん成長し、
芽が出て枝が出て、
みるみるうちに、そこらじゅう濃い緑の森になっていったのでした。
木々の間からリスがぴょこんと顔をのぞかせ、
小鳥のさえずりも聞こえてきました。
草花のまわりでは、小さな妖精たちが踊っています。
森の動物たちも、ぞくぞく集まってきています。
砂粒だった長老は、今はたっぷりと枝葉をつけた、
大きなかしの木です。
砂漠だった木々たちはあまりの嬉しさにおいおいと泣きはじめ、
流した涙は、透き通った小川のせせらぎとなって、
森中をかけめぐりました。
ふと気がつくと、星の子の背中にあった緑の羽が消えていました。
星の子はしあわせでした。みんなも、しあわせでした。
7 ほんとうの海
ある朝でした。星の子は、お父さんの言葉を思い出しました。
この青く光る星に行きたいと思いつめていた時、
「あの青は海の色だよ」
と、教えてくれたのです。
星の子は、動物や木々たちに別れを告げ、海へむかって
まっすぐに飛んで行きました。
どのくらい飛んだでしょう。
目の前にエメラルド色に輝く海が、果てしなく広がってきました。
星の子は、心の中が輝く青でいっぱいになるのを感じると、
海の中めがけて、スーッと降りていきました。
 ザブーン、ポコポコ、ブクーン!
魚たちがめずらしそうに寄ってきます。
星の子は皆にあいさつをしながら、さらに深く深く入って行きました。
あたりが深い藍色になったところまでいくと、海の底が見えました。
星の子は、海底にすっくと立ちました。
するとすぐに赤や緑や黄色の魚たちがやってきて、
うやうやしく礼をするのでした。
「はじめまして!
こんにちは。ぼくたちの国へようこそ!」
魚たちは、突然やってきたへんてこな魚―星の子を大歓迎しました。
海の中は音楽であふれています。
タツノオトシゴはラッパを吹き鳴らし、
さんご礁はドラムやシンバルを叩いています。
エイはバイオリン弾き、ふぐはハープのかかりでした。
音楽に合わせて魚たちは舞い、わかめはゆらゆらダンスをしています。
貝たちは泡を吹き出しながら、リズムをとっています。
星の子は、ここが自分の星と一番近いなぁと思いました。
もう夢中になって遊びました。
しばらく海の中を散歩していると、遠くのほうに暗いよどみがありました。
星の子が近づこうとすると、魚たちがあわてて止めました。
「行っちゃいけない!近づいちゃいけない!」
「どうして?」
「あそこは、暮らすことが出来ない場所なんだ。行っちゃだめだよ。」
星の子は魚たちが止めるのをふりきって、
よどんだ場所へ泳いで行きました。
魚たちや海草たちがいるではありませんか。
けれども、皆、表情がなく、暗い瞳をしています。
苦しそうに咳き込んでいるものもいます。
「大丈夫?」
星の子は思わずかけよって、背中をさすりました。
「・・・いいや、ちっとも大丈夫なんかじゃないさ。
ニンゲンのやつらが荒らしたんだ。 みんなの海を。
みんなのふるさとを!」
魚の目には深い悲しみと怒りがただよっています。
星の子はまたもや原因がニンゲンであることにショックを受けました。
(どうして? どうしてニンゲンだけがみんなと仲良くできないの?)
星の子は、やるせない気持ちでいっぱいになりました。
苦しそうにしている魚たちをさすっているうちに、
涙があふれてきました。
気がつくと、いつのまにか星の子の周りには、
青く光る星砂がキラキラと漂っています。
「あ、もしかして・・・!?」
星の子は背中の羽に手をあてました。
やっぱり青色の羽が消えています。
星の子は、光の粒をゆっくりとすくいとり、
注意深くあたり一面に広げてみました。
するとどうでしょう。
水はみるみるうちに透明になり、澄んだ青色に変わっていくのです。
魚たちは元気を取り戻し、
さんご礁は色鮮やかに海中を照らし出しました。
「やった~! ばんざーい! 昔の海だよ。
昔の海が戻ってきたぞー」
青く澄み切った水はとどまることをしらず、
海全体に広がっていったのです。
8 藍色の海
「なんて、しあわせなんだろう!」
星の子がそう思った瞬間、遥かかなたから、
地を突き上げるような音が聞こえました。
海の上から真っ黒いもやが、物凄い勢いで降ってきます。
魚たちはもやに巻かれ、次々と腹を浮かせて死んでいきました。
星の子はキッと目をすえると、急いで羽衣の袖を剥いで、
鼻と口に巻き、
真っ黒なの海の上へと泳いでいきました。
苦しみにあえぎながらやっとの思いで顔を出した
星の子の目に映ったものは…。
赤茶けた大地。なぎたおされた木々。
岩山からは真っ赤な炎が牙をむいて、吹き上げています。
ニンゲンたちのすんでいた町並みは灰に覆いつくされ、
人の気配がありません。
鳥や動物たちの姿もみあたらないのです。
「みんなぁー、どこへいっちゃったのー?」
星の子は叫びました。泣きました。。
しかし、その声に応えるものはいません。
空は真っ赤に染まり、すべてが止まっているように見えます。
星の子は咳き込みながらあたりの様子をうかがっていましたが、
息がくるしくなり、目もかすんできたので、
海の底へ戻ることにしました。
漂うように、海底へともぐっていった星の子が見た海は、
灰色どころか真っ黒なうねりとなっています。
ふらふらの身体で海の底にたどりついた星の子。
身を横たえ、必死に仲間たちを呼ぶのですが、
返事は何一つ返ってきません。
羽はボロボロで服もやぶけ、
立つことも泳ぐことも出来なくなった星の子。
それでも最後の力をふりしぼって、
背中にあった藍色の羽をひきぬきました。
手に握られた羽は、一瞬ぼぅっと光ったかと思うと、
すぐにサラサラした
藍色の星砂に変わって、手のひらからこぼれだしました。
そして、海の上のほうへと漂いはじめたのです。
(あれっ、なんだろう)
確かに何かが光りました。
真っ黒な海の中を進む光の粒たちは、
ところどころで何かにあたっては、一瞬、鋭く光るのでした。
実は海の中には、生き物たちのながした
藍色の涙の粒たちがひそんでいたのです。
藍色の涙の粒は、星砂と交じり合うとピカリと光り、
キラキラした愛の星砂となって、あたりを明るく照らすのでした。
少しずつ、でも確実に。ゆっくりと、ひそやかに。
星砂たちは、ゆらめきながら、陸のほうへと向かっていきました。
やがて、星砂が陸のまわりをぐるりと取り囲んだ時、
不思議なリズムが聞こえてきました。
ドックン、ドックン、ドックン。
命の音?~そう、大地が呼吸しはじめたのです。
低く力強く脈打つ響き、ドックン、ドックン。
陸に住むものたちの流した涙の粒も、
大地の呼吸に呼び覚まされて、
愛の色の星砂となり、色を失った世界の中で、
キラキラと光を放っていました。
9 紫のイルカ
ところで、星の子はどうなったのでしょう?
海の底で、深い深い眠りにおちて、動けなくなっていたのです。
いったいどれほどの時間がたったのでしょう。
身体を優しく抱かれた気がして、星の子は静かに目をひらきました。
そこには淡い7色の光に包まれた、紫色のイルカがいました。
「きみ…が、助けてくれたの…あ・り・が・と・う…」
イルカは真っ直ぐ上を見上げて、しっぽをふりました。
「海の上へ行こうっていうんだね。でも、ぼくいけないや。
…だって、羽も服もボロボロでもう飛べないんだ…」
もう服には何色の羽も残ってはいませんでした。
イルカはすーっと星の子の背中の下へもぐりこむと、
身体をふわりともちあげ
真っ暗な海の中を上を目指して進んでいきました。
やがて海の上へ。しかし止まることはしません。
まっすぐに、まっすぐに、空の高みへと進んで行きました。。
よくみるとイルカのしっぽからは、
7色に光る星砂がつきることなく降り注いでいます。
大気圏をぬけ、漆黒の大宇宙まで一気に駆け上がった時、
イルカはスッと止まりました。
星の子が大好きだった青い星は、
いまや灰色のゴムボールのようにしか見えません。
けれども、目を凝らしてみてみると、そのまわりは
ふわりと薄絹をかぶせたように、
イルカのまいた7色の星砂でおおわれていたのです。
やがて七色が一色ずつにわかれながら集まり始めました。
赤・黄色・緑…。
それはかつて星の子のまいた星砂の場所ではありませんか。
星の子の星砂と、イルカの星砂は、絡まりながら交じり合いながら…。
灰色だった星に少しずつ色がさしはじめ、
ついには、七色に光り輝く美しい星へと変わっていきました。
と、その途端、星はものすごい勢いで回転しはじめたのです。
七色だった光は、すべての色が混じりあい、
目を開けていられないほど強い光となり、
宇宙全体を照らし始めました。
星はますます速く回り、光もいよいよ強くなり、
膨らみ始めて今にも爆発しそうです。
「あ、あぶない!」
星の子は耳をふさぎ、目をつぶり、うつ伏しました。
その時、遠く天の向こうから、
清らかで透明な鐘の音が鳴り響きました。
それは今まで聴いたことのない、美しい調べでした。
10 天にかける虹
星の子はゆっくりと目を開けました。
するとどうでしょう。
静寂に包まれながら、 爆発しそうだった星は、
深い青と白のあたたかく澄みきった星になっていました。
天に向かってまっすぐに伸びる
大きな虹の橋もかかっているではありませんか。
星の子はびっくりしてイルカに知らせようと思いましたが、
もうどこにもいませんでした。
星の子は虹の方向へ歩いていきました。
虹の橋のたもとには、たくさんの姿が見えました。
人や動物たち、小鳥も魚も花も木も、ありとあらゆるものが、
わいわいがやがやいいながら歩いています。
「みんなー、あいたかったよぉ」
星の子は嬉しくなって駆け出しました。
大勢の人たちにまじって、かつて戦火で出会った
お母さんとぼうやの姿が見えました。
お母さんは星の子を見つけると走りよって、
かたく手を握りしめました。
目からは涙があふれています。
「みんな、どこへいくの?」
星の子は尋ねました。
お母さんは静かにほほ笑みながら答えました。
「私たちはこれから天と地をいったりきたりしながら、
新しい星をつくるのです。
それは愛の星。
皆がほほ笑みあって暮らす、いつくしみの星なのです」
そういうとまた、ゆっくり歩き始めました。
星の子は虹の橋を、まっすぐに駆けのぼって、
天の上まで行きました。
そこでは、お父さんとお母さんが息子の帰りを
今か今かと待ちわびていました。
虹の向こうからぼんやりと、やがてはっきりと
星の子の姿を見つけたとき、
おかあさんは「あぁ!」と叫んで、ポロポロと涙を流しました。
お父さんは大きく手を広げて、息子の駆け寄る姿を、
目を細めてみていましたが、
とうとう待ちきれずにかけだしました。
お父さんの大きな胸の中にスポンとおさまった星の子は、
お父さんとお母さんにかわるがわる抱きしめられ、
熱いキスをかわしました。
こうして星の子は無事、ふるさとの星に戻ったのです。
その日はちょうど星の子の10歳の誕生日でした。
虹の橋はいつまでも消えることなく、天に向かってかけられています。
そして、皆が通り過ぎたあとには、
決まって「笑顔の花」が咲き乱れるのでした。
あなたも わたしも 星の子です
なぜならわたしたちは 皆一つ
かかえきれないほどの 星砂をもっているから
それは…愛
はせくらみゆき